妻は、こう言った。
「えっ?何かあったの?会社で」
「う、うん。」
私は話すべきか、話さざるべきか、まだ迷っていた。
いったい、会社での出来事をどう説明すればいいのだろう?
自分の心の状態をどう説明すればいいのだろう?
私はおもむろにこう話を切り出した。
「実は、昨日、田口リーダーから言われたんだ。」
「何を?」
「お前、関係者に謝罪して回れって。」
「えっ?なんで?」
「俺が出したメールはとんでもない内容だから、謝れって言うんだ…」
私は、こぼれ落ちそうになる涙を隠すようにして、うつむきながら
昨日、田口リーダーに批判された内容を話した。
そして、最後にこう言った。
「上司にきっと怒鳴られる。
どうしたらいいか分からない…」
妻はきっと、励ましや慰めの言葉をいっぱい言ってくれたような気がする。
だが、どんな励ましも、どんな慰めも、あの上司の怒鳴り声の恐怖を
打ち消してはくれなかった。
私は、こうして、その日は、ついに一歩も玄関の外に出ることができなかった。
スーツを着た状態で、何十分も玄関に座り込んだまま、動けなかった。
私は、非常な恐怖心に襲われていた。
会社員としての行くべき道を、踏み外してしまったのではなかろうか?
私は、ダメ人間になってしまうのだろうか?
いったい、大の大人が会社に行けないなんて、そんな子供じみた
行動が、社会に容認されるだろうか?
とにかく、そんな考えが、頭の中をぐるぐると回転し続けていた。
だが、いくら考えても、そこから抜け出す方法は見つからなかった。
今日の上司の雷を回避する方法は、見出せなかった。
私は、座り続けてお尻が痺れてくるのを感じた。
そして、ようやく重い腰を上げ、リビングへと戻った。
いつもは午前8時に家を出るのに、その日はもう、午前9時になろうとしていた。
明らかに、今から会社に行っても、遅刻であった。
(続く)
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