前回の記事では、PIPに不合格となった後、社員証を取り上げられ、ロックアウト解雇状態となったが、団体交渉の申し入れをしたところ、会社側がその席で「解雇はしていない」と、事実上の解雇撤回宣言をしたところまでお話をした。
そして、半月後に第2回の団体交渉を行い、復職の条件について話し合うことになっていた。
私はその間、自宅待機状態となり、社員証もなく、今月の給料が振り込まれるのか、そして会社に復帰できるのか、すごく不安定な宙ぶらりんな気持ちで過ごさなければいけなくなっていた。
前の会社への消えぬ復讐の思い
だが、私はこの束の間の休息期間を、ただ無為に過ごした訳ではなかった。
ふつふつと湧いてきたのは、私を怒鳴り付け、病院に行けとまで罵り、更には試用期間での雇用打ち切りを一方的に通告してきた前の会社(新宿区のK社)に対する、忘れられない憤怒の想いであった。
今の会社に入って2年間の間、私は合法的な復讐の機会をずっと狙ってきていたのだが、とにかく毎日の仕事が忙しく、とてもではないが、訴訟を起こしたりそのような暇はなかった。
弁護士について
それまでに唯一できたのは、労働問題に強い弁護士に相談することだけだった。
その弁護士は、70歳位のおじいさんの弁護士と、30歳位の新進気鋭の女性弁護士と2人がやっている新宿のとある小さな弁護士事務所だったが、女性弁護士の先生はとにかく親身になって私の話を聞いてくれた。
私がここで一つ言っておきたいのは、弁護士というと、そもそも司法試験に受かるのは針の穴を通るかのように難しいと言われることもあって、まるで雲の上の存在のような印象を持つ人が多いかもしれないが、彼らはただの法律の専門家であって、法を完璧に守り、弱い者の弁護のために100%献身してくれる「神」のような存在ではないということだ。
あくまでも、勝訴の可能性を見極め、そこから手数料収入を上げることを生業としている、一つの職業に過ぎないのである。
だから、弁護士と話していて、何か違和感を感じたり、ちゃんと話を聞いてくれないなと感じたりして、自分と合わない考えの持ち主だと感じたら、遠慮なく別の弁護士の先生に相談すべきである。
30分5000円の相談料は高いのは確かだが、馬の合わない弁護士を選んでしまい、その先生と何ヶ月も何年も、時には何十万円という費用をかけて付き合うことになるのであるから、最初の相談料をケチって、合わない先生に無理に付き合うことは賢くないのである。
弁護士への相談
そして、その先生は親切にいろいろ私の状況を聞いてくれた上で、私に言ったのは
「本当にひどいパワハラですね。
悔しい気持ちはとても良く分かります。
でも、今の日本ではパワハラで訴えても、1-2年もの間、訴訟に時間を費やして、ようやくパワハラが認められたとしても、30万円から50万円程度の微々たる賠償金しか取れないのが現実なのです。
そうやって得たお金も、弁護士費用や様々な費用に消えてしまって、手元にはちょっとしか残りません。
もちろん安達さんが、そうやってでもあの会社に復讐したいなら私は手伝いしますが、経験上、そんなにお勧めできる方法ではありません。」
まだパワハラの認知が進んでいなかった時代
そう、この弁護士に相談していたのは、今から10年も前のことで、パワハラという言葉がようやく社会に認知されてきたばかりの頃で、ブラック企業という言葉もまだ登場して間もない頃であった。
その後の10年間で、あの大手居酒屋チェーン店の◯タミで女性店員が過労で自殺したり、電通の東大出の優秀な女性社員がパワハラと過労で自殺したりと、様々、社会的に大きなニュースになった事件が発生して、ようやく日本全体で「パワハラはいけないことだ」という認識が広まってきたのである。
だから、10年前にはパワハラでの訴訟はまだまだ数自体が少なく、勝てる見込みも低い、泣き寝入りの代名詞のような無謀な試みであったのだ。
そう、パワハラで死んだらナンボの世界で、パワハラで病んで退職しようが何の保証もなく、加害者も処罰されないやりたい放題の恐ろしい世界であったのだ。
別切り口での闘いを勧めた弁護士の先生
私がパワハラでの訴訟の現実に動揺の色を隠せずにいると、弁護士の先生は先を続けた。
「だから、私が安達さんに勧めるのは、未払い残業代を求める訴訟です。
これであれば、労働時間を証明するものさえ残っていれば、ほぼ100%勝てます。
ある意味、パワハラに対する代理手段での復讐と言えます。
いかが思われますか?」
年俸制でも残業代支給は必要
私は、突然の提案に動揺を隠せずにいたが、不安に思う点を恐る恐る質問した。
「でも、入社時の雇用契約書では、年俸がいくらとしか書かれておらず、残業代も全て年俸に含まれているという説明がありました。
それでも大丈夫ですか?」
先生はすぐにこう答えた。
「それは全く問題ありません。
実は、年俸制でも残業代は別途支給しなければならないのです。
それは法律上、そうなっています。」
さらに先生は続けた。
「実際、年俸制でも別途、残業代を支払わせた裁判の例はたくさんあります。
例え契約書にそう書いていても、口頭でそう言われたとしても、法律の方が優先されるし、企業は残業代支給の義務を逃れることはできません。」
エクセルでの出退勤時刻メモが役立った
私は、実は前の前の会社でもひどいパワハラを受け退職に追い込まれたことを書いてきたが、その時の自己防衛策として、出勤と退勤の時間を正確に毎日、エクセルに付ける習慣を身につけていた。
だから、それを元に正確に残業時間と残業代を算出できたのは大きい。
例え手書きのメモでも、エクセルへの記録でも、会社側はそれを否定する別の客観的な証拠がない限りは、全て証拠として採用されるというのが、この未払い残業代請求の世界における常識なのである。
私は、事実上、試用期間の3か月しか在籍しておらず、さらに最後の半月は社長命令で自宅待機させられていたにも関わらず、激しい残業に耐えて仕事を行なっていた結果、残業代は45万円にも達していた。
内容証明郵便を無視したK社
それは、ほぼ1ヶ月分の給料であった。
私は、先生に勧められるまま、まずは弁護士名で内容証明郵便で会社に残業代の支払いを請求することとした。
これは、実は今の会社に入ってからすぐに行なっていたのである。
だが、相手の会社は全くこれを無視した。
私はそれ以上、訴訟を起こす勇気も時間もなく、そのまま放置せざるを得なかったのである。
時効が迫っていた復讐の期限
だが、今の会社で私は社員証を取り上げられ、事実上の自宅待機状態に置かれたので、ようやくこの会社に対する復讐を実行に移す時間を手にすることができたのである。
そして選んだ手段は、労働基準監督署への訴えであった。
私はネット上の様々な情報を集めながら、全速力で労基署に提出するための申告書と証拠書類、残業代計算書の準備を進めた。
残業代の請求には2年という事項があり、偶然だがあと1週間したら、残業代の一部が時効になってしまうギリギリのところに私はいたのである。
門前払いを受けた私
そうやって、やっとの思いで準備した書類を持って、新宿の労基署に行ったのだった。
しかし、そこで待ち受けていたのは、冷たい門前払いに近い対応だった。
(続く)
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