(続き)
社長室に呼び出された私。
きっと、内容証明郵便のことについて、詰問されるものだと覚悟を決めていた。
しかし、社長は意外と穏やかな表情を浮かべて、静かにこう語りかけてきた。
「安達君、あの内容証明のことだけどね、言いたいことは分かるつもりだよ。」
私は、社長が何を言おうと考えているのか、全神経を研ぎませるようにして、一言一句に集中して耳を傾けていた。
「ただね、内容証明郵便っていうのは、結構、強い意味を持っていることを、君は知っているのかな?」
私は、こう答えた。
「ええ、まあ、分かっているつもりです。」
社長は、静かな口調でこう続けた。
「まあ、俺もね、結構、こういう類いのものを受け取ったことは多いよ。
それに、訴えられたことだって、2度や3度じゃなく、経験しているしね。」
社長は、そうやって、自分が昔、裁判所に通った頃の経験を語り出した。
背景を濁して語っている感じはしたが、元従業員8人から集団訴訟を起こされて、大阪の地方裁判所に毎月通ったことがあるとのことだった。
「結局ね、解決までに1年半はかかったと思うよ。」
社長は、その裁判の結末を話さなかった。
それが、会社の勝訴で終わったのか、敗訴で終わったのかは、分からなかった。
私も、突然、社長がそんな話を切り出してきたし、相手が社長という会社のトップである以上、それ以上、突っ込んで詳細を聞き出す勇気もなかった。
「あ、そんなことがあったのですか…」
そう答えるのが、やっとであった。
でも、こんな話を切り出してきたことに対しては、一種の、社長の心理作戦のようなものを感じざるを得なかった。
つまり、俺は訴訟の経験も豊富だから、会社を訴えたって無駄だよ、みたいな無言の主張をしているように感じざるをえなかった。
社長は、そのような数分間の前置きの後に、ようやく、内容証明郵便の中身に関する話を始めた。
「それでね、君が大石君(パワハラ課長のこと)について書いていたことだけどね…」
ようやく本題に入ってきた。
私はそう思って、いよいよ緊張感が高まってきた。
(続く)
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