退職慰留を蹴飛ばした私

(続き)

社長室に呼び出された私。
次に私は、1か月前の降格処分について話を始めた。

「安達君、なぜ退職届なんて出したんだね?
私は、君のために新しい役職を考えていたところだったのに。」

社長によれば、部下のいない管理職というポストを新設し、そこに係長から降格させた私を入れ込む予定だったという。

だが、社長の言葉は、美辞麗句のようにしか聞こえなかった。
私が辞めると表明したから、初めてその引き止めのために出てきた口からでまかせの言葉なものにしか聞こえなかった。

社長はそうやって数分間、私を慰留しようと努めたが、私はもうこのパワハラ会社にいるつもりは毛頭なかった。
より良い待遇を提示してくれた次の会社に行きたい気持ちでいっぱいだった。

こうして、社長室にはおおよそ15分くらいはいたと思う。
だが、結局残った印象は、内容証明郵便を出しても訴訟をしても無駄だぞという静かなる威嚇と、根拠のない慰留の表現だけだった。

私は、階段をとぼとぼと降りながら、自分の机があるオフィスへと向かった。

その日は、静かに一日を過ごした。
しかし、帰る間際の午後7時頃になって、あのパワハラ上司が私に手招きしてきた。

私が上司の机のそばに行くと、彼はあの独特のハスキーボイスでこう言ってきた。

「あれ(退職届)は、本当に受け取っていいんだね?」

「あ、はい。」

「いや、君は、突然退職してしまったら、経済的にも大変だろうと思ってね。
それが心配だったんだ。
今なら、まだ受け取らなかったことにもできるんだけど。」

「いえ、気持ちは変わっていませんので。」

「うん、分かった。」

彼もまた、なぜか私に慰留の言葉をかけてきた。
本当に私のためを思って言ってくれたのか、単に、自分の保身を図ったのかは分からない。

だが、今は、多分後者だろうと思っている。
なぜなら、管理職の立場の人間にとって、部下が辞めるということはマイナス評価にしかならないからだ。

私は私で、彼の慰留の言葉になんて耳を貸さなくて良かったと思う。
一度辞めると伝えたのに、それを撤回していいことなどあり得ないと思ったからだ。

そんな人間が会社に残ったとしても、会社はその人間を信頼はしないだろう。
そんな人間には出世のチャンスなども与えないだろうし、パワハラを改めるどころか、かえって冷たい対応をしてくるだろうと、直感的に思った。

だから、その場で、きっぱりと辞める意志を貫いたことは、正しい選択だったと思う。
悪魔の誘惑になんか乗っては決していけないのだ。

こうして、私は社長とパワハラ課長の慰留をどちらも蹴飛ばして、その日は会社を後にした。

(続く)

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