前回の記事では、突然ディレクターから呼び出され退職を促されたこと、ショックで深夜まで自席で茫然自失と過ごしたことを書いた。
先輩社員への相談を決意
そして、深夜になり席を立ち上がった時、遠くの席にポツンと1つ明かりが点いているのを見て、
「そうだ、あの田中さんに相談してみよう」
とそう思ったのであった。
田中さんは、この外資系企業が日本に進出した15年前に入社したという最古参の先輩社員であった。
業務の上で何度も話をして、いろいろ親しさを感じていた人でもあった。
私は、高鳴る心臓の鼓動を感じながらも、ゆっくりと彼の席に近づいていった。
時計の針は、夜の11時半を回っていた。
「田中さん、お疲れ様です」
私は平静を装ってそのように話しかけた。
「おお、安達君、お疲れ様。
今日は随分と遅くまでやっているんだね」
急にこわばった先輩の表情
私ははやる鼓動を抑えながら、いつも通り、業務の話をしながら、心を落ち着けた。
そして、2-3分経った頃、ついに本題に入った。
「実は、今日、ディレクターから呼ばれて、転職を考えてはどうか?って言われたんです。
やっぱり、こういう風に言われることって、あったりするんですかね?」
「…」
先ほどまで饒舌で明るかった彼の表情が、みるみるうちにこわばっていくのが、その横顔からも明らかに見て取れた。
彼は、5秒位の間をおいて、口を開いた。
「あっ、まあ〜、そういうこともあるかもね〜」
言葉を濁すように話す彼の顔からは、先ほどの柔らかな笑顔は完全に消え去っていた。
私は、自分の不安を打ち消したい一心で、その後もいろいろと話をしたのだが、彼の閉ざされた唇は恐ろしいほど重たくなっていて、もはや私の望むような情報は何も出てこない雰囲気だった。
最古参社員の正体
私は、その気まずい雰囲気の中、最後に礼を言うと、自席へと重い足を引きずりながら戻った。
その先輩とは、退社をする日が来るまで、2度と会話することはなかった。
実のところを言えば、この社員はこの後私に加えられることになった外資系企業最大の闇「PIP」について最も精通している社員だった。
そして、PIP が実施されると、最先鋒に立って私を攻撃する立場の人間になろうとは、その時はまだ想像すらできなかった。
私は、この社員に心を許してしまい、いろいろと心の内を見せてしまった。
この時の私の不用意な発言が、後の裁判で証拠として提示されることがなかったのは、不幸中の幸いであった。
時計は既に夜の12時半を回っていた。
私は終電に遅れないようにと急いで帰り支度を始めた。
不安と孤独に震えた週末
まさにその日は、私にとって生涯忘れ得ない暗黒の金曜日になった。
そして、その週末の2日間も、孤独と不安と恐怖に震えた、最も真っ暗な2日間になったことは言うまでもない。
来週以降、私にとって生涯経験したことのない嵐のような毎日が訪れるとは、その時はまだおぼろげにしか認識できていなかった。
(続く)
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