前回の記事では、PIP1日目から、毎日終電近くまで残って、課題をこなす為に必死に仕事をした様子を書かせて頂いた。
私は会う人から「あなたは今まで何の悩みもなく育ってきたかのようなホンワカした雰囲気のする人ですね」などと言われることがよくある。
パワハラ経験で打ち砕かれた私
確かに昔はそのような純粋無垢な人間だったかもしれない。
しかし、2社連続でパワハラが原因で退社に追い込まれ、失業し、破産寸前まで追い込まれるという修羅場を経験した今は、内面も明らかに昔とは違っていた。
今回のPIPも、私はただ黙って鞭打たれるままであった訳ではなかった。
以下に、私がPIPの期間、必死に自分の精神状態を正常に保つ為に取った対策を、包み隠すことなく書き出したいと思う。
パワハラに苦しんでいる人には、ぜひ参考にしてもらえればと思う。
ユニオンへの相談
まず、私はPIP実施の文書にサインさせられた時、直ちにこれを加入していたインターネットユニオンの人に見せた。
その結果、これは今、大企業や外資系企業を中心に問題となっている、退職に追い込むための法律的にかなりグレーの手段であるとの見解を得た。
それは、この本(解雇最前線 PIP襲来)にも書かれている通りだとのことだった。
ユニオンの方からは、会社で起こった全てのことは、証拠として記録しておくようにとアドバイスを受けた。
今はまだ、ユニオンが動くべき時ではないと思うので、頑張れるのであれば、彼らの狙いを把握する為にも、何とか頑張ってほしいと言われた。
来たるべき時が来た時には、ユニオンも一緒に立ち上がって行動するつもりだから、頑張ってこのPIPを乗り切ってほしいと励まされた。
弁護士への相談
その次に私は、労働問題を専門とする弁護士の先生に会いに行って相談した。
もちろん、30分5,000円という高い相談料は必要となるのだが、人生の差し迫った危機が目の前にあるとの以上、このお金は全然勿体ない金額ではなかった。
弁護士の先生からは、以前、他社でPIPの結果、NGと判断されて、即日ロックアウト解雇されたが、裁判で争った結果、解雇無効と判断され、その間の全額給与の支払いを受けた事例があるとの判例を紹介された。
そして、PIPは明らかに退職強要という違法行為を形成するので、クロであるとの見解を示してもらった。
ただ、もしPIPの期間、何とか頑張れるのであれば、頑張ってみてその結果が出た時点でおかしな内容であれば、弁護士として正式に会社に交渉を申し入れた方がいいのではないかと言われたので、ではそのようにお願いしますと返答した。
やはり、弁護士の先生に法律的な意味ではっきりと見解を示してもらい、繋がりを持つことは、私にとっては、地獄に差す一抹の希望の光という感じで心強かった。
親への毎日の電話
そして、私は毎日、遠く故郷に住んでいる父に、毎日電話をするようにした。
父は以前は「そんなひどい会社は早く辞めてしまいなさい」としか言わなかったのだが、私が会社と戦う決意をしたことを伝えてからは、次第に私の味方に立つようになってくれた。
そして、毎日の会社の様子を昼休みの時間に10分でも父に話し、その励ましを受けることは、私にとって大きなストレスのはけ口と癒しを提供してくれた。
SNS投稿等について
だが、いつもは行っていたFacebookやTwitter、アメブロといったSNSやブログへの投稿は控えるようにした。
PIPという手口は、法律的にはグレーゾーンに位置し、簡単に白黒付けられない性質のものでもあるため、それを一方的クロだと主張したり、あるいはこちらがいろいろ情報を集めている様子を万が一にでも把握されてしまった場合、先を読まれて、何らかの対策を取られてしまう可能性はないとも言えないからだ。
たとえ公開範囲を限定していたり、匿名のアカウントを利用していたとしても、いつどんな手段で察知され、監視されることになるか分からない。
また、社内のパソコンや、自分のスマホを会社のWi-Fiに繋いだ状態でのメール連絡、情報検索は厳に慎むようにもした。
いつどこで何を基に揚げ足を取られるか分からないからだ。
神社へ毎日参拝
この記事を読んでいる読者の方は、神や仏といった存在を信じるだろうか?
たとえ信じていない人であったとしても、もし貴方に命の危険が迫ったとしたら「祈りたい」気持ちは生じることと思う。
たとえば、貴方が高速道路で運転して、突然スリップして車体が回転を始めたら「神様!助けて」と無意識的に祈ってしまうのではないだろうか?
逆にそんな場面になっても祈りたくなんかない、非科学的だと主張する人がいるとすれば、それは自分の命が危険に犯されることを経験したことがない人であろう。
はっきり言うが、このPIPを受けるということは、まるで順調に飛行していた飛行機が何らかの故障が生じて急降下を始めた位の不安と恐怖に突き落とされることでもあるのだ。
この場に至っては、発狂しそうになる自分の精神を、暴れ狂う馬を押さえつけるかのように、必死の力で押さえ込まないといけないのだ。
だから、私は家に一番近いところにある神社に、帰宅途中に必ず寄るようになった。
人気ない真っ暗な境内に入り、お賽銭を入れて、鈴を鳴らし、手を打つと、誰か他の人が来ない限り、何分間も必死の祈りを捧げることがあった。
また、普段は決して入れないお札単位のお金を入れることもあった。
私はそのようなことを、PIPの期間、毎日、1日も欠かさずに行った。
発狂しそうになる自分の心との闘い
今から考えると滑稽でもあるが、だが、私はそうでもしなければ直ちにホームに進入してくる電車に身を投げたい気持ちと衝動に、常に襲われている毎日、毎瞬間を過ごしていたのだ。
そう、PIPとは
「お前は役立たずだ、早く辞めろ!」
と無言の圧力をかける会社に対して、
「自分はやっぱり会社から不要とされ、無価値で意味のない人間だ。生きている価値のない人間だ」
という心の声と、
「いや、私は頑張ってきている。何かがおかしい。会社のやり方は間違っている。」
という心の声が、私の中で容赦なくぶつかり、延々と自問自答を繰り返す、実に苦しい戦いであるからだ。
変わってきた妻の態度
実は、この会社に入った頃から、上司の容赦ない実績追求、短期で成果を出すことを毎週求められ、できなければ何時間もの説教が行われていたことを、妻には少し話したことはあった。
しかし、妻がそれを聞いていつも言うことは、「頑張ってね」だけであった。
小さい子供を抱え、毎月の出費もギリギリのところで回していた家庭において、会社を辞めるとか移るとかいう話は、死んでもできない雰囲気ですらあった。
だが、実際にPIPが始まり、以前にも増して終電近くまで毎日働き、そしてそれまで年始以外には行ったこともない神社に毎日行くようになった私の様子を見て、妻の態度も確実に変わってきていた。
そして、事の深刻さをようやく悟ったのか、ついには私と一緒に神社に行って、参拝をしてくれるようにさえなった。
私はその姿を見て、この地獄の中に一筋の光明を見出したような気持ちになったのである。
それは、本当に小さな光に過ぎなかったが、私の精神を狂わせずに何とか正常を保つ為に大きな力となったことは否定できない。
耐え切った最初の一週間
このように私は苦しい毎日を過ごしながら、最初の一週間を必死に耐えきった。
そしてついに、金曜日がやってきた。
それは、第1回目のレビューが行われる日であった。
そしてそれは、その場で即時解雇を言い渡されるかもしれない、まさに断頭台に登るような瞬間でもあった。
(続く)
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