前回の記事では、PIP (Performance Improvement Plan) を受けて最初の一週間を、気も狂わんばかりの恐怖と不安を必死で抑えながら、業務を進めたことを書かせて頂いた。
毎週行われる恐怖のレビュー会
そうやって過ごした一週間の業務のレビューを行うのが、金曜日のレビュー会であった。
このレビュー会は、PIPを行う4週間の間、毎週金曜日にやると通告されていた。
しかも、そのレビュー会で一回でもNGを出せば、その日のうちに解雇されると聞かされていた。
まさに、毎週、死刑宣告されるかもしれないような裁判を受けさせられるような気分だった。
社内で見つけたPIPに関する記述
私はその週、業務を必死に進めながらも、社内でしか見られないサイトで情報収集をしていた。
「PIP」というキーワードでは、外部のインターネットに公開されている情報は、日本語のみならず英語サイトでも調べ尽くしていたからである。
社内にそのような情報があるかどうかは、社内ネットワークに接続したパソコンでしか探ることはできなかった。
社内のポータルサイトに「PIP」と打ち込んで検索すると、驚くほど多くの何十件かのページがヒットした。
しかし、日本語のページは一つもなく、英語のページばかりであった。
その中でトップに示されたページを開くと、それはインドのR&DセンターのエンジニアのWeekly Reportであった。
そこには、
「PIPについて上司から説明を受け、今週はその課題に取り組んだ。」
と書かれてあった。
日付は、2012年6月7日となっていた。
インドのエンジニアが受けたPIPの結末
その次の週の6月14日のレポートを開くと、PIPの課題に取り組んだ内容が書かれてあった。
しかし、その記述量は前の週のものよりも明らかに半分以下しかなかった。
しかし、6月21日のレポートはいくら探しても見つからなかった。
「やっぱり…」
私は、彼が第二週をもって解雇されたことを直感した。
そして、私はそこに「PIP」というものが、そしてこの外資系グルーバル企業においてはっきりと全世界レベルで存在していることの証拠を掴んだ。
私は早速そのメールをPDF化して、そのファイルをもってきたUSBメモリに保存した。
いつかもしかしたら証拠して役立つかもしれない、と思ったからだ。
金曜日の午後4時、上層部が全員集合
そして、その金曜日の午後4時はやってきた。
社内で一番大きな会議室が予約されており、その場に到着するとあまりにも多くの人が参席していたので、驚いてしまった。
それが、同じチームの同僚であればプレッシャーはそれほどでもないかもしれないが、参加しているのは、自分の上司(チームリーダー)、別チームの上司(4人)、上司の上司(グループリーダー)であった。
普段の会議で、こんなに上層部が集まる会議に、私のような末端社員がポツンと参加することは、まったくあり得なかった。
しかし、それだけではなく、最古参と言われるT氏(ヒラエンジニアであるが、その名を知らない者は社内に誰一人いなかった)や、日本支社の支社長まで参加していたのであった。
まるで重役の会議に参加しているのではないかと錯覚する位、社内の重鎮たちが集められた場で、末端社員である私が、一週間の業務の成果をアピールしなければならないのである。
これを「プレッシャー」と言わずして、何であろうか?
だが、当然私はそれに異を唱えることなど許されない立場であった。
成果のアピールを死ぬ気でこなした私
私は、その会議で発表する内容を予め念入りに文書にまとめ、必要な資料も揃えて、万全の体制で臨んでいた。
前日も、午前0時37分の最終電車が出るギリギリまで会社に一人残り、PIPの課題を進めていた。
当然、目はしょぼしょぼで、体には寝不足と精神的なプレッシャーから来る、とてつもなく重たい疲労感が溜まっていた。
私は、午後4時0分ちょうどになると、重たい口を開いて説明を始めた。
上司や上司の上司達の厳しい視線が私に向けられているのをひしひしと感じながら、また、私の説明のあら捜しを探そうと必死になっているかのように静寂の中で聞き耳を立てている彼らの強いプレッシャーを感じながら、ひたすら冷静になろうと自分に言い聞かせながら、説明をしていた。
「というわけで、一週目は順調に作業を進め、特に遅延等や問題もなく、プロジェクトを進めております。
以上で進捗状況のご報告を終わります。」
予め何回か練習したとおりに、筋道立てて自分の一週間の業務を無事に説明しきった。
おおよそ15分ほどが経っていた。
だが、私にとっては、何時間も経ったかのような長い長い時間に感じられた。
支社長以外は沈黙を守った
説明が終わると、10秒ほどの沈黙があった。
まるで水を打ったかのように、シーンとした空気がその部屋を満たしていた。
その沈黙を破って最初に口を開いたのは、支社長であった。
「では、君は、問題なく順調に今週の作業を終わったということだね?」
普段なら、こういう会議では同僚や上司がカジュアルなツッコミを入れてくるのが普通なのだが、なぜか彼らは黙りこくっていた。
どうも、グループマネージャーや支社長の出方を伺っているかのような雰囲気だった。
後から思ったことだが、やはりPIPという退職強要の実行の場においては、技術的にOKかどうかということよりも、こいつをいかに退職に追い込むか、そのような上層部の意志が最大限に尊重されなければならないことを、本能的に感じていたのであろう。
下手な発言をして、上層部の意志を阻害するような雰囲気を醸し出してしまえば、その災難が自分にも降り掛かってくるかもしれない、と本能的に感じていたのであろう。
もしくは、私に有利な発言をすると、後で会社にとって法的に不利になり兼ねないから、不用意な発言は避けるように、とあらかじめ上層部からの指示のような、箝口令のようなものが敷かれていたのかもしれない。
それが、まさにその場の10秒間の沈黙に現れていたのだ。
私は静かにこう答えた。
「はい、そうです。」
支社長は、軽く頷くとグループリーダーの方に視線を送った。
まるで、
「あとはお前が判断しろ」
と言わんばかりの表情だった。
続いてグループリーダーの圧迫質問
グループリーダー (GL) は、その支社長の振りに応えるかのように、私にいくつかの圧迫的な技術的な質問をした後、最後にこう言った。
「まあ、今週のところは、当初予定していた調査や設計の段階は、なんとかできたようだね。
いくつか内容的に不足な点はあったけど。」
彼は、そのように私に釘をさすような慎重な物言いで、ギリギリ合格かなという意思表示をしたのであった。
それを受けて支社長も、仕方ないなという雰囲気を醸し出しながらも、じゃあ来週もよろしく、と軽く付け加えると、会は解散となった。
こうして、私は脂汗が垂れて来そうな地獄の30分間から解放された。
私はノートパソコンと何十枚も用意した技術的資料のプリントの束を抱えて、自席に戻った。
束の間の安堵
「ああ、助かった」
そう心の中で呟いた。
疲れがどっと出てきた。
一週間、金曜日には解雇されるかもしれないという緊張感で、銃を背後から突きつけられた強制収容所の捕虜のような気持ちで、ずっと働き詰めたのだ。
私は、先ほどの会議で指摘された事項をメモ帳に書き留めると、その日はそのまま退社した。
さすがにその日はそれ以上、仕事をする気力も体力も残っていなかった。
外に出ると、まだ、明るい夕日が西空を照らしていた。
こんなに空が明るい時刻に会社を出たのは、いったい何か月ぶりだろう。
そのような気持ちを抱きながら、私は地下鉄駅の下り階段に消えていった。
(続く)
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パワハラをするのは自己愛性人格障害です。
モラハラ資料という有名ブログを読んでみてください。