内容証明郵便が届くまでの不安な時間

前回
の記事の続きです)

内容証明郵便を出した翌日、私は期待と不安の入り混じった気持ちで出社した。
私のかばんの中には、簡潔な文体で作成した退職届が入っていた。

「退職届
一身上の都合により今月いっぱいをもって退職致します。
安達」

私は、退職「」ではなく「」という断定的な書き方をわざとした。
自分の強い意志を表示するためであった。

朝9時に出社すると、私は退職届を出す機会を伺っていた。
できれば、内容証明郵便が社長に届いてから出したかった。

内容証明郵便は書留扱いであったため、インターネット上で現在の場所を追跡できた。
だが、「配達中」というステータスのまま、いっこうに変わる様子はなかった。

実際、パワハラ課長は午前11時頃を過ぎても、いつもと変わった様子は全くない。
もし、社長宛に届いたならば、まっさきに課長が呼び出されるのではないかと予想していた。

だが、課長は50代後半のしみが散りばめられた醜い顔で、いつものように黙ったまま机に向かっていた。
課員たちの側からは見えないそのパソコンの画面を見ながら、時々卑屈な笑顔を浮かべたりしていた。

課員たちは、後ろから課長や部長が画面を覗き込める位置に座らされていた。
だから、うっかりインターネットで遊んでいようものなら、きつい説教を受けることがあった。

こんな監視体制の中で、私たちは毎週5日、1年中働かされている訳である。
部屋の両端に陣取った管理職たちは、平社員たちを挟み込むように両側から監視しているのである。

まさしく、これは現代のタコ部屋であった。

私が昼食をとってオフィスに戻ってきても、そして午後3時頃になっても、課長はまったく様子を変えなかった。

「内容証明郵便は本当に今日届くのか?」

そういう不安が頭の中をよぎった。

実のところ、内容証明郵便を出したはいいものの、私の心の中は不安感でいっぱいであった。

「内容証明郵便を目にしたら、社長や課長はどんな反応を示すのだろうか。
冷静に対処するだろうか、それとも取り乱すだろうか。」

「あるいは、私を呼び出して詰問でもするだろうか。
それとも、数日間、対策会議を開きながら、無視でも続けるだろうか。」

そんな考えがぐるぐると頭の中を回転して、私は朝から仕事が手に付かず、半ば上の空であった。
内容証明郵便なんて、出さなければよかった、そんなことまで考えたりした。

私は、パワハラ課長に復讐を決意した人間であった。
しかし同時に、会社から給料をもらい、会社に隷従する、一人の気の弱い人間でもあった。
それが現実の姿であった。

午後4時、インターネットで現在の場所を追跡したところ、ついに「配達済み」のステータスとなった。

電子手続きで昨日投函したのに、なんで丸一日かかって、その夕方に配達されるのか。
そんなことに怒りを感じもしたが、今となってはどうでもよかった。

「ああ、とうとうこの瞬間が来た。」

私は、なんともいえない、不安と期待と孤独とが入り混じった複雑な気持ちになった。

「よし、今だ。」

私は、ついにかばんの中から退職届が入った封書を取り出した。
そして、他の課員には見えないようにそれを持つと、パワハラ課長の机に向かって歩き出した。

(続く)

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