前回の記事では、私がディレクターから突如退職を迫られ、呆然自失となって深夜まで自分の席に座り続けていたこと、そして最古参の先輩社員に不用意にも心の内を見せて相談してしまったことを書かせて頂いた。
私は不安と恐怖で心がいっぱいになる中、苦しい息を抑えてなんとか帰りの途についた。
しかし、その週末の2日間は、まさに生き地獄の苦しみを味わった。
週末の地獄の2日間
「もう辞めたい、いや、ここで辞めるわけにはいかない」
とその2つの気持ちがぶつかり合って、結論が出ることなく永遠に脳内での自己問答が続いた。
一般に金曜日に退職勧奨されることが多いのは、週末の間に観念させ、自己退職に追い込むための会社側の心理作戦である。
家族には話せなかった
私は、退職を強烈に勧められたことを、家族に話したかどうかは、正直覚えていない。
配偶者というのは最も近い関係ではあるが、何でもかんでも打ち明けて相談すればいいというものでもないからだ。
特に、職場の話、将来の不安定につながるような話題であれば、まるで取り憑かれたようになって、
「しっかりしてよ!」
「何とかしてよ!」
と迫られることは大いにあり得る。
パワハラ被害者が、ボロボロになったその心の内を家族に見せて相談した結果、応援されるどころか、かえって激しく責められ、さらにボロボロになるというケースは、私に寄せられた相談の中でも非常に多い。
故郷の父に電話で相談
私はしかし、遠く離れた田舎に住む父には、電話でよく相談していた。
父は75歳近い高齢ではあるが、私の上司の毎日の激しい実績追求でボロボロに否定された時の話をよく聞いてくれていた。
初めの頃は、
「お前が悪い、もっと頑張れ」
と世間一般に言われるような励まし方をされたものだが、毎月250時間近い過酷な長時間労働で何とか実績を上げようとしてもなお、一瞬間も休むことのない際限のない上司の実績追求、責任追求を受けていることを数ヶ月に渡って話し続けていると、次第に私の味方になってくれたのである。
今回の退職勧奨の件も、私は父に電話で相談した。
やはり、辞めろ、と言われた
父が言ったのは、こんな一言だった。
「ひどい会社だなぁ。これ以上いても仕方がないから、辞めたら?」
ある意味、世間一般の人が言うであろう、標準的な回答であった。
だが、私はこの時、心の中に何かこのままではいけないというような、不思議な気持ちが湧き上がっていた。
でも、私の心の中に湧きあがった感情
何か、このまま辞めて、負け犬のように引き下がっていいのだろうか?という、大それた疑問が湧き上がっていた。
だが、会社と闘う、などという大それた決意までに至っている訳ではなく、ダダをこねる子供の言い訳のような、口にするのも恥ずかしい曖昧な考えに過ぎなかった。
私は父に答えた。
「うん、そうだね。もうこれ以上いても仕方がないよね…」
この当たり障りのない言葉を発する裏で、私の心の中には、とんでもない決意に対する得体の知れない不安と恐怖が渦巻いていたのだが、それを口にすることはやはりできなかった。
次第に湧き上がる反抗心
電話を切った後、私はゆっくりとこう考えた。
「やはり、このまま引き下がる訳にはいかない。
いったい何の為に、何年もの間、上司の期待に応えるべく、努力を続けてきたことか。
それが、ちょっと苦しみを産業医に口走ってしまっただけで、もうクビか?
俺は、結局、使い捨てに過ぎないのか?
金さえ出せば、人を取り替え可能な消耗品のように扱うことが許されるというのか?」
それはPIP前夜の苦しみに過ぎなかった
まるで迫り来る夕闇の中に立っているような暗い気分でその週末の2日間を過ごしたことを、私はおそらく死ぬまで忘れないであろう。
だが、退職を拒否することが、その後、聞いたことも見たこともない外資系企業最大の闇であるPIPという恐るべき地獄のプログラムへの参加の道を開くことになるとは、その時点ではまったく想像だに及ばなかった。
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